<私>の日本語教育 No.005「「帰りたい家」になり,「帰りたいまち」をつくる」小口悠紀子
- 研究・実践
- 2023年2月1日
- 広報委員会
氏名
小口悠紀子(広島大学大学院人間社会科学研究科)
キーワード
#第二言語習得 #TBLT #まちづくり #防災学習
研究・実践の概要
「帰りたい家になる」。これは私が日本語教育に携わるとき,目標にしていることの1つです。住んでいる人の成長を支え,見守り,誰がいつ帰ってきても「おかえり」って迎え入れる,そんな家みたいな存在に私自身がなるために,3つの軸を持って研究を進めています。
1つ目は,学習者の発話データを使った習得研究です。今までの日本語学習者を対象とした研究って,「日本語母語話者と比べて学習者は何ができないか」という語り方をされることが多かったのですが,これから私がやりたいのは,学習者が生み出す「日本語のレパートリー」を探ること。母語話者の話し方と全く一緒ではないけど,学習者なりに考えたり,工夫したりして話しているし,母語の影響を受けていてもそれが悪いわけではない。そんな立場から,学習者の習得を支える研究を続けていきたいと思っています。
2つ目は,日本語の授業を改善する実践研究です。特にTBLT(タスクベースの言語指導)に関する実践をまとめています。日本語を教えはじめてもうすぐ20年が経ちますが,年々,悩むことが増えています。きっと30年,40年と教えている先生はもっと悩んでいらっしゃると思うのですが,悩むのは改善したいから。その過程を記録し共有していきたいと思っています。願いが叶うなら,師匠である畑佐由紀子先生の実践研究を読んでみたい…と密かに思っています。
3つ目は,日本語学習者,そしてその家族や友人にとって,暮らしやすいまちづくりを実現していくための活動と研究です。実はこれは大学時代からずっと続けていることで,日本語教育学で学んできたことを地域に還元していきたいという想いを強く持っています。
研究/実践の特徴・成果
ここでは私が現在行っている地域在住の外国籍住民と市民をつなぐ防災学習について詳しくお話しします。
私の父は京都の町家の研究者なのですが,みなさんは京都の町屋と聞くとどんなイメージをお持ちでしょうか。実は町家は,家の前を通る人の気配が感じられる窓や、井戸端会議ができる腰掛けなど、プライバシーを守りつつ、ご近所さんと繋がり、コミュニティでうまく生きていくための様々な工夫がされています。
いつの時代も,誰にとっても,コミュニティで心地よく生きる、ということは大切なことです。そこで,「帰りたい家」を超えて,「帰りたいまち」をみんなで作れたらもっといい。そのためには,地域の人たちと多文化共生の意識を共有していかなければならない、そう感じていた矢先に起こったのが、平成30年7月西日本豪雨でした。
当時はまだやさしい日本語や多言語での情報発信も充実しておらず,非母語話者の方がどれだけ不安な日を過ごしたことでしょう。これをきっかけに現在,外国籍住民と市民を対象にレゴ・ブロックやカプラという木の板を使った防災学習のワークショップを定期的に開催しています。
このワークショップでは,ブロックなどを使って伝えたいものを表すことがメインになるので,たくさんの言葉はいりません。子どもも大人も参加できて、母語や国籍、年齢によらず楽しめます。造形が得意な人,発想豊かな人など,言語以外の能力を持つ人が脚光を浴びたりするのも面白いところです。
最後はみんなで避難所を作って,「赤ちゃん連れの人が過ごしやすくするには?」「お祈りの部屋ってどう作ればいい?」など,まちで暮らす人々の多様性に気付く仕掛けを作り,対話が起こる仕組みになっています。
日本語教育という専門性や日本語教師経験を地域に還元し,「帰りたいまちをつくる」。日本語を教え始めた頃は,教室内のことばかり考えていましたが,これからは社会やコミュニティ形成にも目を向けて人と人をむすぶ研究や実践をやっていきたいと思っています。
受賞歴
- 2021年度 日本語教育学会 奨励賞, 日本語教育学会
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