<私>の日本語教育 No.004「日本語教育の専門性は日本語を教えることではない」神吉宇一
- 研究・実践
- 2022年12月20日
- 広報委員会
氏名
神吉宇一(武蔵野大学グローバル学部)
キーワード
#専門性 #地域日本語教育 #多文化共生 #地域づくり
研究・実践の概要
私は大学教員になる前に,海外産業人材育成協会(AOTS)で,政府や企業と一緒に日本語教育事業をつくるという仕事をしていました。ちょうどいわゆる「事業仕分け」が行われたときでもあり,日本語教育事業の必要性を,日本語教育を専門としない人たちに説得的に伝えることが求められていました。そのときの経験から,「なぜ日本語教育が必要なのか」という問題意識が生まれました。
機械翻訳でいいじゃないか,英語ができればいいじゃないか,自己責任でいいじゃないか,日本語ができなくたって生活できているじゃないかというようなさまざまな声に,私たちはどう応答したらいいでしょうか。そして,やった方がいいのはわかるけど…,という共感的な人たちとどうやって仲間になったらいいでしょうか。
「ことばとその教育は社会に何をもたらすのか」というのが,私自身の社会的実践(研究活動含む)のテーマです。そして,その当面の答えは,「平和な世界,包摂的(インクルーシブ)な共生社会をつくるために,対話を通して人々のつながりや信頼を生み出すこと」です。ここで言う対話には,「本当にこれでいいのかな」という批判的な視点・姿勢につながる自己内対話も含まれます。ですが,現在は特に他者との対話を通した地域社会づくりに取り組んでいます。職場のある江東区をフィールドに,外国人支援や日本語教育に限らず,地域住民や他分野の専門家,学生たちと地域づくりに関わっています。
また,地域日本語教育のあり方について,政策の動向を見つつ,全国の様々な地域に足を運んでいろんな人に話を聞いています。
研究/実践の特徴・成果
私が現在取り組んでいる江東区での活動について,少し詳しくお話をします。私は,2019年の夏頃から,障がい者アートの市民芸術祭である「アートパラ深川」に関わるようになりました。
障がい者支援に特別な思い入れがあるわけではありませんし,「障がい者アート」というカテゴライズにも疑問がありましたが,「共に生きる社会」を一緒につくろうという理念に共感し,飛び込みました。その取り組みを通して,まちづくり,高齢者支援,障がい者支援,子ども食堂やフードドライブ,性的マイノリティ支援,公衆衛生など,さまざまなことに取り組んでいる人たちとつながりを持つことができました。また,特別支援学校やインターナショナルスクール,商店街,町内会などとの関係もできました(アートパラ深川のつながりから,特別支援学校の生徒の校外学習で大学訪問を企画)。このことは逆に,私が日本語教育を専門にしていて,共生社会の実現ということに問題意識を持っており,地域に日本語教育の課題があるということを,多くの人に知ってもらう機会にもなっています。
そして,地域で外国人や日本語に関する話題が出ると,「それ,ういちさんに聞いたらいいんじゃない?」と,私のところにその話が持ち込まれるようになってきました。そのようなつながりから,2021年の秋以降,「みんなで多文化交流 in 大島」というURの団地での住民交流活動にも関わるようになりました。
まだ,地域で日本語教育の仕組みを整備するところまでたどりついていませんが,4年かけて少しずつ形ができてきています。あと2年ぐらいで,行政を動かして地域の支援体制をつくるところまで勧められそうです。
私は,日本語教育の専門性を,言語と教育に関する知識やスキルが専門家個人に内在化されているというふうには捉えていません。共生社会の実現に向けて,日本語教育に携わる人が,さまざまな社会的実践にどのように関わっていくのか,専門的知見を持ちつつ多様な人たちと対話の姿勢を持つことこそが,重要な専門性の一部になるのではないかと考えています。日本語教育のことを知ってもらい,日本語教育に関連する社会的課題とつながりを持ち,多様な人たちと一緒にその課題解決にあたるということが,共生社会実現に向けた日本語教育の取り組みとして必要なことではないかと考えています。
受賞歴
- The Council for International Higher Education Award for Significant Research. Anthony C. Ogden, Bernhard Streitwieser, Christof Van Mol(Eds.)(2020)Education Abroad: Bridging Scholarship and Practice Association for the Study of Higher Education(2020年9月)
- 2021年度日本語教育学会 学会賞
- 2021年度日本語教育学会 学会活動貢献賞
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